「時空」

8月27日は最愛の夫、NOBUYAの命日にあたる。早いもので今年で丸三年を迎えようとしている。

昨年、一昨年は一周忌、三回忌と喪主として法事を執り行うため私達の故郷、北海道余市へと帰省していた。今年は法事はないが命日は北海道へ帰り余市でお墓参りをしようと思っていたが、今回の命日は初めて上野原の我が家で過ごすことになった。NOBUYAと過ごした家だけになんともいえない気持ちではある。この家での最後の姿を今でも鮮明に覚えているから。ただはっきりと感じるのは、三年目になってやっと自分自身が落ち着いてきたということだ。一年目も二年目もこういう気持ちでは命日を迎えられていなかったなと、過ぎてみて初めて知ることができた。時というものは癒しの力があるのだなぁとしみじみ実感している。そこには、いつも支え助けてくれる周りの人々のサポートがあってこそだった。そしてDONの力は何より大きい。その存在が三年間、私をどれだけ勇気づけてくれたことだろう。

先月、地元である上野原市の広報にギャラリー「nociw」を紹介して頂いた。市の協力隊である「吉野隊員」が強力におすすめしてくれたお陰だ。吉野隊員は畑でキヌアを栽培し、市の復興に貢献している意欲的な方で「いつかキヌアのラベルを∀さんの絵にできたら素敵だなぁ」と夢みてくれている素敵な女性だ。取材の際、私とDONの写真も撮影され紹介記事と共に掲載されたことで、最近DONとの散歩の時に市民の方々から以前よりも頻繁に声を掛けられるようになった。そして実際に広報を見てギャラリーへ訪れてくれる方も出てきた。一番最初に来てくれた方のことは決して忘れない。70代くらいの男性で、夕方DONとの散歩から帰ってきてご飯をあげていると突然「あのぉーすみません!」と声が聞こえた。ビックリして外へ出てみると「広報を見てギャラリーを拝見させてもらいたいと思ったのですが、予約が必要だと書いてあったものですから今日は予約を入れに来ました」とのこと。「ワシは携帯もパソコンも持っていないものですから。ただ根本山と書いてあったので場所だけは知ってたんです。子供の頃にここへはよく登っていたので…..」「そうですか。じゃあギャラリーの方は今ご覧になれますよ」と言ったのだが、その方はかたくなに首を振り「いやいや今日はただ予約を入れに来ただけですので、明日再び来させて頂きたいと思います」と、わざわざここまで登って来てくださったのにそう言って帰っていかれたのである。そして翌日、約束の時間ピッタリに玄関のベルが鳴りその方が立っていた。すると前日の農作業着のような様子とは打って変わって、明らかによそ行きの正装でいらして下さったのである。ハッと身が引き締まる思いがした。そして興味深くゆっくりと作品を見た後、「ワシは絵のことはさっぱり分からんが、何というかあなたの絵には宇宙を感じます。癒されます」と言ってくださったのだった。上野原の市民の、こういう機会でもなければ出会うこともなかったであろう方からのこの言葉に私は深く感動したのだった。「今度はワシの仲間を連れて来たいと思います。どうぞこれからも素晴らしい作品を創り続けてください」そう言って山を下っていく姿を手を合わせ感謝の気持ちでいつまでも見送った。「ありがとうございます」と心の中で繰り返しながら….。

NOBUYAはこの光景をどう感じているだろうか。彼がいたら今まで通り一年の半分以上は全国へツアーに出かけ、地元に居る時は逆にあまり人に会わずに、街を歩くということもなかっただろう。彼が旅立ったことで必然的にこうした流れになり、また違った新しい世界が開かれてきつつある。きっと彼は笑っているだろう。この三年間、色んなことがありながらも何とかやってきた私の珍道中の毎日を。そして生きていた時と同じく、今も私を一番よく理解し応援してくれていると感じるのだ。というのも、NOBUYAの祭壇には思い出深い何枚かの写真が飾られていて、毎日のお祈りの際、それらの写真を目にしているのだが、ある日何かいつもと様子が違うなと気づいて見てみると、その中の一枚の写真が金色に光っていた。よく見ると粉のようなものが吹き出していて、しばらくしてそれが落ち着くとアート作品のような模様になっていたのだ。その写真の中のNOBUYAがなぜかいつもよりリアルに感じて、まるで生きているようにこちらに向かって微笑んでいた。「ここにいるよ」そんなサインのような気がした。

そして最近アトリエを整理している時、私の作家人生初めての個展でお客様が綴ったメッセージノートが出てきた。「初めての個展」という、まだ幼かったあの頃のドキドキな心境を思い出しながらページをめくっていると、最後にお客様が書いたページから空白のページが何枚か続いた後、一番最後のページに何とNOBUYAが書いたメッセージが残されていたのだ。知らなかった…..。当時の私には気づけなかった最初で最後のメッセージを23年振りに今、彼から受け取ることになるとは。しかも彼が肉体を去った後でだなんて….。懐かしいNOBUYAの文字は一瞬にして共に過ごした日々の記憶を呼び覚ました。そして、そこに書かれていた言葉が時空をこえて私のハートの奥深くにこだましていた。彼を思って久しぶりに思いきり涙を流した幸せな日だった。

「アキコの絵はこれからますます世に広まっていく。オレはそう信じている。ノブヤ」