「大丈夫」

このひと月の間にNOBUYAが2度夢に現れた。

1つ目は夏至の日。朝4時に起きてドンと散歩に行って帰ってきて洗濯やら掃除やら家の事をあれこれやったのち、珍しく睡魔が襲ってきて眠りに落ちたその時だった。
我が家の寝室のタンスの上には小さな鏡台がちょこんと載っている。これは高尾に住んでいた時代、越したばかりの2005年のある日にNOBUYAが外出して帰ってくるなり「今日お前にぴったりの鏡台を見つけたんだ!」と興奮して話してくれたものだった。「いやーとにかくこの狭い部屋でお前が鏡を見ながらあれこれやるにはちょうどいい大きさなんだよ。デザインも良くてさ、絶対お前好みだと思うぜ!」リサイクル屋で見たというその品は手作りのインドネシア製だったという。「あれはきっとすぐに売れてしまうだろうから今度街へ行った時に絶対買った方がいい!」と言うので、そんなにすすめるならと彼を信用してお願いすることにした。NOBUYAが「どうだ!」と言わんばかりの笑顔で持って帰ってきたその鏡台は、確かにシンプルでとても可愛らしく私好みのものだった。まだ引っ越したばかりで何も揃っていない家に、まずは私のために鏡台を見つけて買ってきてくれるなんて、なんだかロマンチックで照れくさくもあり、でもとても嬉しかったことを覚えている。今の家のサイズからはまるでおとぎ話のように小さく感じるその鏡台はそれ以来私の大切な宝物となった。

夢の中で、いつものようにその鏡を覗いて髪をとかしていると、なんと後ろにNOBUYAが映っているではないか。「えっ!」と驚き、振り返ってみた。しかし部屋には誰もいない。だがもう一度鏡を覗くと、確かにそこにはNOBUYAがいてニッコリとあのいつもの笑顔で笑っているのだ。そういえばNOBUYAが旅立った後に見る夢の中では彼は、いつだって微笑みをたたえているということに気がついた。「NOBUYA!」会えたことが嬉しくてただ名前しか呼べない私に彼は「大丈夫。この家もいい感じで良かったな。大丈夫だよ∀KIKO!」と言ってくれたのだった。そして鏡の中のNOBUYAとしばらく見つめ合っていた。最後の別れの時と同じように…。そういえば夢の中に出てくるNOBUYAはなぜかいつも口数がうんと少ないということにも気がついた。きっと言葉を越えた世界でつながっているからなのだろう。

そして次に夢に現れたのが7月11日。私はどうしても今いるここから、目の前のずっと先にぼんやりと見えている場所へ行かなくてはならないのだが、その間には大きな川が流れていてその川を泳いで渡ることでしか目的地へは辿り着けないという設定だった。他にもたくさんの人々がそこへ向かうために次々とその川へ飛び込んでいく。よく見るとその川はとても濁っていて深そうでおまけに流れが早く、この中に入るなんてとても信じられないと私は思っている。しかも私は足の着かない所では泳げない、というかほとんど泳げないのだ。途方に暮れながら遥か対岸を見つめていると、背後に気配を感じ振り返った。するとNOBUYAが立っていたのだ。「えっ!」と私はまたしても息をのみ「NOBUYA!」と、やっと口に出すことができた。するとNOBUYAは「大丈夫。お前ならできる!」と、ひとこと言ってまたニッコリと微笑んでいるのだ。私は金縛りにあったかのようにそれ以上言葉を発することができず、心の中で問答を繰り返していた。「行くべきか行かぬべきか、いや、でもそもそも泳げないじゃん私!息つぎとかどうすればいいわけ?」「いや、でもここは飛び込むしかない。信じよう。NOBUYAがそう言ってくれてるのだから…」しばらく迷ったあげく「えーい。ここはもう、なるようになるだけだ!」と、とにかく飛び込むということだけに意識を集中して、泳ぐということは意識から外してしまい勢いよく飛び込んでしまったのだった。

その瞬間は、まるでスローモーションのように景色がゆっくりと流れているのを感じた。驚いたのは、あれほど濁っていた川がみるみるうちに透き通って透明になり川底の石やきれいな魚たちが泳ぐさまが遠くまで見渡せた。その川はまるで歌うように呼吸をしているのだ。「なんて美しいんだろう!」意識はすっかりその美しさに釘づけになり、自分が泳いでいるのかどうかもさっぱりわからなかった。そして気がつくと対岸に上がろうとしている私がいたのである。そこにNOBUYAの姿はもうなかった。でも彼のぬくもりのようなものがいつまでも私の中に残っていて、とても幸せな気分で目が覚めたのだった。

彼はつきあい始めた15才の頃から、きまって私に言う口癖があった。それは「オレを信じろ!」という言葉。自分も幼かったその頃には「オレを信じろ!って言われてもねぇー」と正直心の中で思っていた私がいたのだが、今の私には「NOBUYAを信じよう!と思う「自分自身を信じる」ということなのではないか」と思えてくるのだった…。

うーん。本当に興味深いヤツです。(笑)