_ 2005.12.18_>>>_晴れ







前夜の大風がすべてを吹き飛ばしてくれたかのように、澄み切った空に登る美しい朝日を見ながら高幡不動尊へと向かった。寒波で冷たい風が体を突き刺す寒ーい一日だったが、そんな中でも訪れてくれた人達がいてありがたかった。片付けをしている時に駆け込んできたので写真を撮るのを忘れてしまったが、「ギャラリーnociw」の常連だったカメラマンの「タツナリ」が、できたてホヤホヤの彼女を連れてやって来た。とても幸せそうなタツナリに久々に会えて嬉しかった。私の絵を気に入っているという彼女へのプレゼントに今度はアトリエにゆっくり絵を見に来るそうだ。この日は何故か先日、千葉のカムイミンタラでアイヌの交流会に参加したメンバーが打ち合わせした訳でもないのに、それぞれ初めて「ござれ市」へやって来た。しかもお互いが重なり合わずに時間差で交代していったのが私には何とも不思議だった。やっぱりあのカムイミンタラで一晩一緒に過した時間はとても貴重なもので、あの時から本当に家族になったのだと実感した。そう遠くない未来を象徴する幸せな予感に満ちた本年度最後の「ござれ市」だった。神様に感謝!

もう何年前だろう。「ござれ市」で私を知ってファンになってくれた金子和美さんのお父さんが、忙しくて来れない彼女のためにプレゼントを買いに来てくれた。手に持っているのは、先日多摩川で見つけたという真っ黒な木。別に焼け焦げている訳でもないのに、ただ真っ黒なまま大木として立っていて、その木から折れかけた枝を私の為に持って来てくれたのだ。「何かこれ見てキミにいいインスピレーションが湧きそうな気がしたんでね」とお父さん。車屋さんを営んでいるが、そっちの方はそろそろ若いモンに譲って、自分は長年描いてきた絵を世の中に発表するために初めて個展を開くのだそうだ。ちなみに和美はマッサージ師を目指して勉強中。「和美も頑張ってるからオレも頑張るんだ!」と笑うお父さん。素敵な親子なのである。

「ずっと来たい。来たい。と思っててやっと来れたー」という「Ague」の突然の出現にビックリ!寒いのに高速をバイクで飛ばしてやって来た彼。寒さで涙目になりながらニヤニヤして「クセになりそうな市だね」とひとこと。いい感じに古びた銀ギセルに一目惚れしたらしいが、そこをグッとこらえ、内緒で出てきた妻のEmiのために藍染めの服を買っていた。根っから優しい男なのである。「山を見て川を見て市を見ていい気持ち。また来ます」とノートに書き残し、開店時間が迫る中野にある自分の店へと後ろ髪を引かれながらバイクで去って行った。寒さも吹き飛ぶくらい何かすっごく嬉しかったなぁー。

「真喜ちゃん」はアイヌの治造さんの娘。その真喜ちゃんが旦那さんの「功さん」を連れ立って来てくれた。真喜ちゃんもEmiの呼び掛けで「ギャラリーnociw」の最後の個展でアイヌの唄と踊りを披露してくれた一人。それ以来の知り合いだったが、やはりカムイミンタラで過した一晩で本当に近ずいた気がする。アイヌの文化を本気で受け継いでいこうとしている、たくましくて美しい人である。

「潤くん」は現在北海道の阿寒湖に滞在し、アイヌの木彫りアーティスト「幸次さん」のもとで修行を積んでいる。きっかけはAgueのお店で幸次さんの作品を見て感動し、そのまま北海道へ幸次さんを尋ねて行ってしまったのだそうだ。そして幸次さんが私の絵のTシャツを着ているのを、彼女の「祐子ちゃん」が見て欲しいと思い「ござれ市」まで辿り着いたのである。自分の中で「いい!」と直感したらすかさず動く。そんな素直な生き方をしている二人がとても素敵だった。

「太さん」はアイヌのミュージシャン。とても気さくで素敵な人。彼もまた「ギャラリーnociw」の最後の個展でトンコリや唄そして素晴らしい弓の舞いを見せてくれた。彼女の「美奈子ちゃん」とは今、幸せの真只中!ミュージシャンズミュージシャンであるOKIとともに日本のみならず世界を駆け回る太さんだが「いつか是非一緒に何かやってみたいね!」と言ってくれて、たまらなく嬉しかった。イヤイライケレ!




_ 2005.11.20_>>>_晴れ











太陽がオレンジ色に輝きながら登ってきた朝。気持ちよく晴れあがったござれ市。ユースケが早くから顔を出してくれた。天気に恵まれて業者のおやじたちもニコニコ嬉しそう。nobuyaは念願の火鉢を買い上気嫌。帰ってさっそくアトリエで炭を起こすとあったかさが身に染みた。来月は鉄瓶とキセルだそうだ。(笑)

私より古い先輩業者「トーマス」。骨董屋「梵堂」の若旦那であり小学生の息子のパパでもある彼。今、学校で生徒の親が自ら選んできた絵本を読むという「読み聞かせ」という授業があるそうで、「トーマス」の出番は来年3月に回ってくるんだとか。そのためにと「simple side」を購入した彼。「だって今まで聞いてるとみんなステレオタイプ的ないわゆる子供向け絵本しか読まないんだもん。それじゃあ子供だってつまんないじゃない?僕はもっと子供の想像力を高められるオシャレな本を読んであげたいんだ。」と言ってくれた。ちょっと「トーマス」を見る目が変わった。今までスケベおやじとしか見てなかったから。(ゴメン!)

「山田くん」と「あずさちゃん」とその友達。ふらっとやって来た3人。山田くんは星野道夫の写真や文章を通して今、アラスカに夢中とか。そんな彼が「ここでアラスカの匂いのする場所に辿り着きました!」と言ってくれた。とても嬉しかった。

「ユウコ」と「タケオ」と「タカシ」。アトリエから1分のところに住んでいる「ユウコ」と「タケオ」の家に前日、千葉から「タカシ」が来たから鍋をしようと誘われたので、お邪魔して遅くまで遊んでしまったのに、早起きしてござれに来てくれた3人。おのおの納得のいく値段で出会ったものがあったらしく満足げの様子。それにしても「食」と「農」と「都市と農村の交流」に関わるNPO「トージバ」を代表する「タカシ」の熱い大豆談義はなかなか楽しかったな。

久々にござれに遊びに来た「MARK」。チベットで使われていたターコイズの付いた古い火打石と出会いご機嫌。このあと水牛の角のアクセサリーも買い「これにセージを入れて肩から下げようかなと思って!」とこれまたニコニコだった。いつも彼はござれに来ると安くてイイ物をちゃんと見つけてくる。「さすがMARK!」と思わせる中々の目利きなのである。

ござれ市の最高責任者「古久根さん」。彼がここ高幡不動尊に掛け合って「ござれ市」を始めてからほぼ20年の月日が流れているそうだ。そもそも骨董屋じゃない私がござれ市に出ることになったのは、「古久根さん」の友人である「奥平さん」という人が私の作品を気に入って、「友達がお寺でござれ市というのをやってるからそこで作品を見せれるように頼んであげる。きっといいことがあるから」と言ってくれたからだった。骨董市に出るには骨董商の免許がいるが、勿論私はそんなものは持っていない。それでもやれるのはこの「古久根さん」のお陰なのである。しかし最初は怖かった。「古久根さん」も友人の頼みとは言えどこの馬の骨ともわからない子娘という感じで私を見ていてとかく厳しかったのである。名前すら2年くらい覚えてもらえなかった。それでも雨の日も雪の日もリヤカーを引いて出続けた私をどこかでいつも見ていてくれたのだろう。次第に信頼してくれるようになり今ではこうして私のブースに息抜きをしに来るようになったのだ。「いやぁーやっぱりこういう仕事をしていると気苦労が多くていやになる時もあるよー。でもこうやって愚痴を聞いてくれる場所があってよかった。ここに来ると心が洗われて癒されるなぁ」と言って帰っていった。




_ 2005.10.16_>>>_雨のち晴れ






朝から雨がザーザー降っていて暗かったのでうっかり寝坊してしまい7時半にござれ市に到着すると、何と1年ぶりに業者のオヤジの孫娘「ちー」が待っていた。「おそいよーあきこぉー」と第一声。彼女は久しぶりに会う私のためにゆうべ徹夜で物語を書いていたんだと言った。渡された作文用紙2ページからなる物語の冒頭には「あなたのそばへ ちふゆの友あきこへおくります」と書かれていた…。前に居る橋本のおっちゃんの所に今日は布袋さんが3体置かれていた。そのうちの1体にNOBUYAが一目惚れし、我が家へ迎え入れることにする。おっちゃん曰くこの布袋さんは「バンザイ布袋」といって願いが達成してバンザイしているんだそうだが、私達にはボロボロのもろい家を「よいっしょ!」と支えている姿に見えたので、住居ができた暁に玄関に飾ることにした。何よりこの顔がいい!雨で業者もお客さんも少ないこんな日でも、はるばる尋ねてきてくれた人達がいてありがたかった。

1年振りに再会した「ちー」は11才。先日女の子になったんだって。本人はそのことをあまり喜ばしく思っていない。確かにちょっと女っぽくなったようにも見えたが性格は全然変わっていなかった。将来マンガ家になる夢もそのままで一生懸命絵を描いている。今ハマっているのは霊界。前世は吸血鬼だったそう。お気に入りだというマンガ本を強引に読ませられ感想を言わされた。重度の動物アレルギーだと初めて知ったのだが「∀KIKOが触ってるなら大丈夫!」という意味不明な理由をつけてnociwに思いきって触っていた。そのあと激しく手を洗う姿を見て涙が出そうになる。大好きさ。ちー。

ギャラリーnociwがあったフィオーレの森で同じくギャラリーをやっていた「ニレイ」さんとその「彼」とフィオーレの森にある星の礼拝堂で結婚式を挙げる花嫁の衣装を作っていた「細川さん」が連れ立って来てくれた。nociwをクローズして以来実に1年半振りの再会。思わぬ珍客にビックリ仰天!聞くところによるとニレイさんもあの場所を出たらしく、新たな自分の夢に向かって頑張っているんだそうだ。最近は滝行にハマっていて、俗界にまみれては滝に打たれに行くという生活を送っているんだとか。ござれにわざわざ来てくれた理由はニレイさんの新しいオフィスに飾りたいという絵の依頼だった。「こんなオフィスなの。」と見せられた写真には東京タワーが正面眼下にそびえ立っていた。晴れた日には富士山を拝むことができるそうだ。その富士山を見て「自分は今あの当たりだ。」と確認しながらいつの日か頂上に立つことを想像しているという。「だから絵のテーマは富士山でお願いします。」と一言。私にとっても富士山は特別な山である。このタイミングで描かせて貰える機会を与えられたことに感謝する。

「橋本のおっちゃん」は昔、葬儀屋だったそうだ。葬式の度、色んな寺へ出入りし様々な神様仏様の像と出会ううちにその美しさ、神々しさに魅せられてしまい、いつの間にか仏像を中心に様々な人形や面を扱う骨董屋となっていた。自分が本当に気に入った像とは一晩床を共にするという。するとその像の持つエネルギーが、どれほどのものであるかを知ることができるそうだ。「隣で寝てる女房には気持ち悪いって嫌がられてるけどねっ。」とおっちゃん。こういう物達に魅せられたのは顔があるからだという。「やっぱり顔が命だよ。顔が生きているものには魂が入っている。それは人間も一緒だよね。」と笑った。布袋さんだった。

フィオーレの森の近くにある居酒屋「灘ケン」の女将「マミコ」がnociwを訪れたのはオープン間もない頃。来てすぐにsimple side.を購入しその後nociwの常連となっていった。彼女が息子「アキラ」を連れて来た時は嬉しかった。彼も絵を描くのが大好きで、nociwでも描いていたし、クローズしてからも個展会場で集中して描いていく。私の絵を見るとすぐに模写したくなるらしく「ねぇ、紙とエンピツない?」と言ってくるのだ。今回もあっという間に3点描いていた。描いた絵はいつも私にプレゼントしてくれる。アキラの絵は私の宝物だ。自分の誕生日にはいつも私のstonedrawingを親にプレゼントして貰っていた彼。そんなアキラももうすぐ10才。「今度は石じゃなくて絵がいい!」とハッキリねだって買って貰っていた。元ダンサーのパパとママ。二人の愛がどんなに強いかがアキラを見ているとわかる。素敵なファミリーにアリガトウ!




_ 2005.09.18_>>>_晴れ











真夏日が戻って来たこの日はホントに暑かった。お客さんの数も多く賑わいを見せたござれ市。特にいつもより外国人のお客さんが目立つ。骨董好きの外国人は本当に多い。しかもおもしろい連中が。業者のオヤジたちがみな顔に似合わず流暢な英語で対応しているのを見るとちょっとカッコイイなと見直してしまう。でも生活がかかってるから必死だよね。私の前にいる橋本のおっちゃんが売っていた毘沙門天のいかついお面を「クリスマスパーティーで被るわ!」と言ってアメリカ人の女性が買っていった。骨董屋の中にあって唯一骨董ではない私のブースに立ち寄ってくれた外国人も多かった。「Beautiful!」そう言われるとやっぱり嬉しい。美しいと感じる心は万国共通。だから日本を飛び出してもっと広い世界へ羽ばたこうと思う。

ギャラリーnociwのお客さんとして知り合ったユースケ。シャイな彼はとてもいい写真を撮る。nociwがクローズすると知った時どうしても自分が写真に残しておかなきゃと思ったらしく機材一式を持って撮影に来た。それ以来nociwがクローズしたあとも個展の風景を撮り続けてくれている。今では新しいアトリエのロフト作りの助っ人を買って出てくれたりと大変お世話になっている大切な仲間の一人だ。

もう10年来の仲間になるナカちゃん。あまりにもお世話になっていて感謝の気持ちは言葉にできないほど。大工が得意のナカちゃんには棚を作ってもらったり、既製品では無い丸いキャンパスを作ってもらったり、新しいアトリエでは屋根をぶち抜いて作品をストックするためのロフトを作ったのだが、そこへ登るための階段を製作してくれることに!梯子じゃ危ないからと自ら提案してくれたのだ。本当にナカちゃんの優しさには何度涙したことか…。一緒にいるのは愛犬ミーちゃん。nociwと初対面し最初は大きさに引きぎみだったけど気が小さいとわかるとじっとしていてくれた。ありがとう。これからもよろしくね先輩!

徳さんは骨董屋。以前は華道や焼き物の世界にいたこともあり、器を中心に味のある品物を置いている。車を使わず手持ちで来るのでブースは畳み一畳ほどでこじんまりとしているが、一見地味なようでよーく見ると「ハッ」とするようなものがあったりして「あんたも好きねー」というマニアックなオヤジだ。実は私がござれ市に出始めた6年前、最初に声を掛けてきて色々と親身になってアドバイスをくれたのが徳さんだった。彼について知ってることといえば昔、女房と別れたということぐらい。まぁいちいち詮索しないというのがこの世界の掟でもある。人生の裏街道まっしぐらって感じのオヤジばっかりだもんね。(笑)

ギャラリーnociwのお客さんとして出会ったアイとアカリ。初めてアイがnociwに来た時のことを覚えている。「ここへ来れたのは運命のような気がする。心の結び目がほどけたみたいにホッとした。」と言って泣いてたっけ。「一番大切な親友のアカリを絶対連れて来たい。」と言ってた通り二人はまさにソウルメイト。とても深い絆で結ばれているのが分かるステキな二人だ。そんなアイにもう一人のソウルメイトである彼が出来たという話を目を輝かせながら聞かせてくれた。とても嬉しかった.。本当によかったね!おめでとう!



_ 2005.08.21_>>>_晴れ

先月にも増して強烈に暑かったござれ市。今まで川沿いをリヤカーを押してテクテク歩いて行っていたが、引っ越したのでそれは不可能になりnobuyaに車で送ってもらうことになった。引っ越したといえどもできる限り続けたい私にとってはとても大切な市なのである。そのことを理解してくれるnobuyaにはもう感謝しかない。オオカミ犬nociwも初ござれ体験。朝4時に起こされ車に乗せられていったいどこへ連れて行かれるんだろうと不安に思ったに違いない。着けば初めてみる大勢の人や犬。かなり緊張したのだろう。帰りの車の中、私の膝の上でお座りしながらもコクリコクリと船を漕いでいた。お疲れさん。ありがとねnociw!

暑さですっかりバテバテのnociw。毛皮着てるもんね。業者の犬好きのオヤジが境内を回って落ちてるセミを拾って持ってきた。好物のセミを見たとたん目を輝かせパクつき始めたが、覗いてみるとコンビニの袋に満杯に入っててビックリ仰天。慌ててストップをかける。困るぜオヤジ!

以前ござれギャラリーで紹介した上野夫妻の愛の結晶「葉くん」がはるばる顔を見せにやって来てくれた。2005年3月30日に地球に降りて来たそうだ。人なつこい。

ギャラリーnociwがあったフィオーレの森の1Fの香取園芸に務めていたmio。今では独立してkohoという名前で活躍している。私の絵に対していつも深くまで感じ入ってくれ、自分の物語を紡ぎ出している。彼女の幸せを願ってやまない。





_ 2005.07.17_>>>_曇りのち晴れ

暑い一日だった。

寒くても暑くても客足は減るものだが、どんなに寒くてもどんなに暑くてもござれ市にはお客さんが歩いている。物好きな人はいるものだ。みな暑い暑いといいながら汗を拭き拭き物色していた。

いつものように境内を参拝しながら歩き、弁財天がある弁天池に差し掛かり「ハッ」とする。蓮が咲いていたのだ。満開の蓮を見られるのは朝ならではの幸運。しばしその美しさに足を止める。泥まじりの水の中からすくっと伸びた茎の上に清らかなピンクの花弁。何度見ても本当に不思議な花。仏様の花。そっと鼻を近ずけるとほのかに甘い香りがして気持ちが落ち着いた。

空を見上げると本堂の屋根の先にカラスが一羽止まり、いつものカラスの鳴き方とは違う声色で唄を唄っていた。「今日はいい日だな。」と直感する。

藤沢にある「44」というダイニングバーに飾ってある私の絵を見て、はるばる訪ねて来てくれた御夫婦がいた。丁度その時バタバタしていて写真を撮るのをすっかり忘れてしまったけど、来るなり明らかに作品を観る目が違っていて、しかも初めて来たのに原画を買おうとしていたので「ただ者ではないな。」と思い伺ったところ、そう話してくれたのだった。バスで44の前をいつも通っていて、バスの中から見ても一生懸命働いている若夫婦の様子が感じ取れる店だったのである日入ってみたら料理が本当においしくて、そして私の絵があって…ということだったらしい。「駅からちょっと歩くけどあんなにおいしいんだからもっと広まって欲しいね!」ということで意気投合した。わざわざ来てくれてありがとう!

アメリカの大学に通っているというダニエル。私のstone drawingを見るなり目をまんまるにさせて手に取ってしばしながめていて値段をみて「私にはちょっと高いわ。」と言って一旦帰ったのだが再び舞い戻ってきて「やっぱり欲しい!」と言って
買ってくれた。残されたノートのメッセージを見ると「your art is so amazing!Iwas very happy !」とあった。なんだかとっても嬉しかった。

もう4年くらい前からちょくちょくござれに来てくれている常連のタクヤが友達を連れてきてくれた。初めてsimple sideを買って以来「この人に贈ったらきっと喜ぶかも!」と思った人に男女問わず贈り続けているという心優しい彼。もう何人に贈られただろう。今回のsimplesideは誰の元へ届くのかな?なんだかハートが暖まる話だな。





_ 2005.06.19_>>>_曇りのち晴れ

雨の確率が高かったにもかかわらず、降られずにすんでホッとした今回のござれ市。高幡不動尊では「あじさい祭り」が行われていた。境内に咲き乱れるあじさいを見る為に集まった人々の波でごったがえす活気のある一日だった。山あじさいを盆栽のように育てて発表する品評会も行われていた。私は山あじさいが好きだ。でも山あじさいは鉢植えではなく、山で見るのがいい。街で見るボンボンとしたあじさいよりも目立たなく地味な色合いのものが多いが、その何とも言い様のないわびさびのような色彩と可憐なはなびらに、私は引き寄せられてしまう…。境内でカメラマンたちが押し合いへし合いビュースポットを探しているのを横目に盆栽仕立ての山あじさいを眺めながら「うーん。やっぱり山あじさいはイイ。」そうしみじみ思うのであった。そうだ。山へ行こう!

築地卸売り市場の社長岡田さん。ござれを始めた6年前からずっと暖かく応援してくれている人。最初に掛けてきてくれた言葉が「あんたのようなアーティストは日本では時間がかかるかもしれん。だけどきっと成功するから自分を信じて頑張りなさい。念ずれば花ひらくじゃ。」だった。そして自分の干支が戌年だから犬の絵を描いて欲しいと4年前くらいにオーダーされていて、まぁ次の戌年までに間に合えばいいからとのことだったので、わたしものんびりしていたのだが、とうとう来年に迫ってしまい「あちゃーっ。」と思っている所へ2月の個展に来てくれて「忘れられちゃこまるから前金を渡しとくよ。」とおもむろにお金を握らされたので、やらざる終えなくなり、最近やっと完成したのだった。今度来るとき連絡してくれたら持ってくるからと言うと、「いやーたまにはあんたが築地に来て、だんなと並んで寿司でも食っていきなさい。」というので遠慮無くお言葉に甘えることにしようと思う。ありがとう。

nociwで知り合ったてんちゃん。サンシン片手にnociwに来て唄っていたてんちゃん。農業を勉強しながら放浪していた彼もこの秋から永住の地を沖縄本土の森の中に決め本格的に農業の道を歩もうと決意したらしい。久しぶりに会ったてんちゃんの顔はま
すます輝きに満ち、とても素敵だった。これからもずーっとよろしく!

nociwに来てから5年ぶりに会ったいくみさん。当時はヒーリングの仕事をしていたが、今は犬と人間が共に食べれる料理の本を出し、先生もしているというからビックリ!もともと有り余るエネルギーを発していた人。5年ぶりに会った今もそれは変わりなく輝いていた。彼女の笑顔を見て嬉しくなった。来てくれてありがとう!

(株)アルミット社長澤村さん。アルミのハンダを開発し今ではスペースシャトルを始めとする世界中のあらゆる製品に使用されている。彼も何年も前からござれ市に来て私の作品を見てきたらしいが、声を掛けてきたのは、今年になってから。どこまで根性があるのかじっと見守っていたのだという。そして彼は民族学にも精通し本まで出している。民族好きがこうじて世界中の民族の人形もコレクションしている。新宿にほど近い自社ビルの4Fを人形ルームにしているのでそれを見に来ないかとその時誘われた。何故私を誘ってきたかというと「民族学に共通するものを君の絵に感じたからだ。」と言う。「見てみたいな。」と思う反面「ひょっとして怪しい奴だったらヤバいな。」という思いもよぎったので、旦那同伴でもいいか?と聞くと「是非どうぞ。」という答えが返ってきたので安心して先月行ってきた。人形はおもしろかった。初めて見るものばかりだったのでとても興味深かった。確かに人形はその土地の文化を知る一番の手がかりだと思った。見終わってトイレに行き戻ると、テーブルに一体の人形が置かれていた。ネイティブインディアン「ナバホ族」の人形だった。「私の気が変わらないうちにさっさとしまいなさい。」と彼。実は私もそしてあとから聞いたら伸也も、その時一番気になった人形だった。「どうして?」見てる時私たちはそんなことひとことも言ってないのに…。でもそれを何故か彼に聞くことができなかった。その後軽い食事でも御馳走しますと言われ、私たちには場違いな所に…。(でも美味かった。)帰りもたまたま家が近くタクシーで送ってくれることになった。私は助手席に座り後ろを見ると始めて会った社長と伸也が肩を並べて笑いあっている。不思議な光景だった。「またいらっしゃいな。」今回ござれ市に来て言ってくれた社長。世代を超えた友達ができた。

candleJUNEのスタッフのケンケンとナナエ。kunnne poruの個展で初めて顔を合わせて以来、一緒に札幌・新潟を旅したせいか今では従兄弟のような気持ちにさせる二人だ。この日は愛夫弁当が休みだったので、二人にホカ弁を買って来てもらい一緒に食べた。地べたに座りお経とお線香の香りに包まれながら笑いあった。「ここは時間がゆっくり流れてますねー。」とナナエ。「リラックスって感じ?」とケンケン。またいつでもおいで。不動明王とともに待ってるよ。ありがとう!

アーティストカップル「遊侶」の二人。最近この辺に越して来たという二人。初めて会うのに初めてじゃない感じの出会いがまた訪れた。この日もあじさいを見て帰ろうとしていたのだが、「どーもあの辺に何かあるぞ。」という直感で来たという。 友達の僧侶の結婚式の二次会の引き出物で貰った水晶のお念珠をつけていたら、手をかざしてきて「うーん。これはいい気が出ている。精神を安定させたいときに効果があるよ。」と彼。私の手を握り「大丈夫。エネルギーがスムーズに流れているわ。」と彼女。ネイティブインディアンと暮らしていたという彼。絵を描きながら鍼灸マッサージ師もやっている彼女。「遊侶」とは遊ぶ僧侶のことだとか。なんともいなせな二人組。出会いに感謝!





_ 2005.05.15_>>>_曇り

5月というのに肌寒い朝。4時に起きて準備をする。太陽は顔を見せてない。いつものように川沿いをリヤカーを引き高幡不動尊に6時到着。先月欠席したので、おやじたちに「おーやっと来たか。」と声を掛けられる。ブースが整ったのが7時。いつものように境内の各神様へ参拝に廻る。奥の院「大日堂」の障子がいつもより心持ち広く開いてたのか大日如来の姿がやけにくっきりと見え荘厳で美しかった。今日の日がいい一日であるようにと祈りながら廻り終えると体がすっきりして「よーし。頑張るぞー!」と気合いが入ってくる。午前中は暇だし寒かったので一番の仲良しの橋本のおっちゃんから商品をくるむ毛布を借りて体に巻き付け詩人である加島祥造さんの「タオと谷の思索」を読みふける。

だんだん日が出てきて暖かくなってきた。10時から14時くらいをピークにお客さんが入れ替わり立ち替わり来て活気に沸く。5年前からの常連の仲良し父娘。今回2度目の登場で「毎月1枚づつ絵をGETしていきます!」という気合い入りまくりの若い小学校の先生と彼女。たまたま不動尊の前を通りかかって何かおもしろそうと寄ってみてブラブラ歩いてるうちに私のブースに吸い込まれるように入ってきてたという人。国立の大学通りで友達がやっているアンティークショップ「somoan」で「simpleside」を購入し友達にも贈りたいからと訪れてくれた人。6年前からほぼ毎月のように手土産片手にやってくる三俣のおじいちゃん。杖が棒状のものから車輪が付いた最新式のものに代わっていて「これが便利でねぇー。」ととっても嬉しそう。今日のおやつは「みつ豆」だった。(いつもごちそうさまです。)そして昭夫さん。彼は5年前に疲れ切った様子で現れ「絵からパワーが貰えそうだから。」と言って買ってくれて以来ちょくちょく訪ねてきては自分の夢や家族のことを話していたが、自分の墓を建てから何かがふっきれたのかいきいきとしだしてきてこの日もとてもいい顔をしていたので「昭夫さん輝いてるね!」と声をかけたら「いやー最近川のそばに引っ越して毎朝散歩するようになってから、何だか仕事が楽しくなってきて生活そのものがかわってきたんだよ。毎日がとても充実してるんだ」と笑った。素晴らしい!人間幾つになっても変われるものなのだ。人波去った頃candle JUNEのスタッフななえとあやちゃんが登場。嬉しい!と再会を喜んでいるとにわかに空が曇りだし雷が鳴り出した。おやじたちはまるで地震を察知した動物のようにせわしなく荷物をまとめだしている。と感じたとたんダーッとどしゃぶりの雨が降り出し大あらわ!「すっすげーっ。」と私が口を開けている間にななえとあやちゃんは俊敏な動きで雨から作品を救い出していた。「さすがJUNEのとこのスタッフだわ。」と大いに関心させられる。いやしかしこのタイミングでこの2人がいてくれたことも神様の計らいのよう。心から感謝する。みんなありがと。

カメラマン志望の親友をつれて静岡から車の設計をしている彼が初めてやって来た。「今度愛知に引っ越すんで新たな旅立ちを祝して自分自身に絵を贈りたいんです。」と言って真剣に選んでいる。私の絵はよくそういった人生の節目に贈ったり贈られたりすることが多いがこれは私にとっても大変幸せなことだ。絵から希望や光を感じてくれるみんなから逆に私はパワーを貰い絵を描いている。エネルギーがスムーズに循環している時はそこに居合わせたみんなが共に笑うことができる。これって気持ちいい!

kunne poru TOKYO」の最終日に来てくれた彼が友達を誘って来てくれた。個展の最終日、私は風邪で意識が朦朧としていたのでぜんぜん覚えてなかったが、今回はちゃんと目に焼きつけたから大丈夫よ!連れの友達が北海道出身だったのでローカル話に花が咲いた。2人は大学で社会学を学ぶ学生だった。

いろいろ悩みつつも未来に希望を見い出し明るく元気に生きている若者は素敵だ。
それぞれに人生を思いっきり楽しもうぜ!





_ 2005.03.20_>>>_曇り

先月はkunne poru札幌・新潟ツアーで欠席しなければならなかったので、久しぶりのござれ市となった。もう3月だから暖かいだろうと思いきやこの日はとても寒ーい一日だった。1年くらいかけて改装工事をしていたトイレがやっと完成し、しだれ梅の木まで植えられていて嬉しくなった。私のブースはトイレに一番近い所にある。トイレのそばというのは他の業者がみんな嫌がる場所だった。しかも出店の一番端っこで死角になる場合もあり、それこそトイレに来たお客さんにしか気ずかれないかもしれないという難点があった。だったら私はあえて「便所の花」になろうと自分から進んで名乗り出たのだが、やっぱりやめときゃよかったと思ったことも正直あった。前のトイレはとても古くてあの独特の匂いがプーンと立ちこめてきてたからだ。お香でなんとかごまかしつつも結構しんどいものがあった。

でももうその心配はいらない。新しいトイレは私のブースからだいぶ後退した位置に建て替えられ、広く美しく生まれ変わったのだ。まわりのおやじたちも(今まで相当気の毒に思ってくれてたのか)「こりゃすげーや。いやー災い転じて何とやらってやつ?すっかりいい場所になっちまって。よかったなーねーちゃん!」とやけに大喜び。本当に今まで辛抱してきた甲斐があったというものだ。神様はご褒美にちゃーんと特等席を与えてくれたんだもの。これからも「便所の花」としてがんばるぞー!(笑)

今回のござれはカップルDAYだった。

宮城県からわざわざ来てくれた二人。彼がnociw最後の個展に初めてnociwを訪れて絵を購入してくれて以来一年ちょっとぶりの再会だが、ござれ市にどうしても来てみたかったと彼女を連れてはるばるやって来た。

REVOLVERで私の絵を知ってやっとござれにたどり着いたという二人。「実は大学時代4年間もこの辺に棲んでいたのにござれ市の存在に全然気づかなかったー」と言って悔しがっていた。(笑)

nociwの頃からのファンの彼が奥さんを連れ立って初めてござれに来てくれた。二人の結婚祝いには仲間に私の絵を贈ってくれとリクエストし今では部屋にすっかり馴染んでいるそうだ。来週生まれてくる赤ちゃんを迎えるためにと小さな絵を購入。病院の部屋に飾り、出産のお守りにすると言ってくれた。私も祈ってます…。

なんかすっごく「やっぱり愛だよね。」とつくづく感じる寒いのに暖かいステキなござれ市だった。みんな来てくれてホントにありがとう!!





_ 2005.01.16_>>>_

2005年最初のござれ市は雨の洗礼を受けた。

リヤカーを押してたどり着いた頃には全身びしょ濡れ。さすがに出店している業者も少なく客も少ない。でも雨天決行なのだからしかたがない。別に休んだからといって咎められるわけではないのだが(むしろこの天気じゃ休んで当然とみんな思ってるくらいだ。)「でも来てしまうんだよ。やってるんだもん。」という輩がいつものように出店していた。なじみの連中だ。「雨の日に店出す奴は真面目なの真面目。」と言いながら「こう寒くちゃ飲まなきゃやってらんないよー。」と言ってワンカップをグビグビやっている。確かにこの寒さじゃ酔いもすぐ覚めるだろう。それになんだかおやじ達。すごく楽しそう。

お客もいつもより断然少ないといっても来る人はいる。この日はツアーバスで到着したのか外国人がやたらと多かった。雨の日は骨董の値段もリーズナブルということをちゃんと知っている「通」たちに違いない…。私のところにも3組のnociwファンがこの雨の中わざわざやって来てくれた。のりこちゃんとドイツの和太鼓奏者の男の子。アリエルとイヌイット。定番のなお。本当に物好きな人達。というか、ただただ感謝です。どうもありがとう。嬉しかったです。でも今度は晴れた日に本当の「ござれ」をぜひ味わってみてね。

来月の「ござれ市」は展覧会「kunne poru」の札幌ツアーとぶつかってしまうためお休みします。くれぐれも間違って来てしまわぬようよろしくお願いします。

私の真正面に店を出していた通称「お父さん」67才がこの日で露店商を引退することになった。これからは赤城山にある骨董店だけに専念するという。6年間すぐそばにいながら込み入った話をしたことがなかったが、「お父さんお疲れさま。」と言ってワンカップを差し入れすると、「悪いことするなーあんたは。」と言いながら顔をほころばせ話し始めた。

若い頃から写真が好きで大学時代、日本全国の田舎の風景を撮りながら旅をした。その写真がある印刷会社のカレンダーに採用されたのをきっかけに、卒業後、膨大な量の風景写真をリースする会社を設立し地方にも支社を設け現像専門の会社も作る。社長となってからも頻繁に田舎へ出向き好きな写真に増々没頭するようになる。そのうち各地方に知り合いも増え田舎の農家で寝泊まりさせて貰うようになると、そこにある古い器や道具に興味を持ち始め、それらを譲り受けるようになった。「これいいね。」というとお百姓さんたちは気前よく「持ってけ。持ってけ。」と言ってくれたそうだ。その物たちもやがて膨大な量になり、ある日骨董好きの友人に見せると、とんでもない価値のあるものが揃っているという。じゃあ今度は骨董屋だと思い、会社の社員を独立させ整理し、そのお金で赤城山に土地を買い店を建てることにした。その建設最中、急にクモマッカ出血で倒れ手術台の上に。家族は8割型助からないか、助かったとしても100%寝たきりになると聞かされるが、奇跡的に復活し晴れて念願の骨董屋となる。同時に露店商も始め「ござれ市」に出て9年たった。しかし、露店は朝早く体にも負担になると医者と家族からは反対され続けてきた。それでやっと10年目にしてやめる決心をしたというのだ。「好きなことをひたすらやってきた人生だ。悔いはないよ。」とお父さんは笑った。最後に「あんたも頑張んなよ。」と言って車で去っていく姿を見ながら「一期一会」という言葉が浮かんだ。お父さんありがとう。